響き合う心68
「国連の自閉症啓発の日
正しい理解、そして支援を」
四月二日は国連が定めた「自閉症啓発の日」です。自閉症/発達障害の人に対して適切な理解を普及することは、世界的な急務になったのです。
周囲の偏見、無理解、誤解が、どれほど発達障害者の人々を苦しめる、非人道的なことであったのか、私たちは世界の各地で、過去の数多くの過ちから、学びとってきたのです。
近年では、保育園や幼稚園でも、保育者や教育者は、子どもが幼いうちから、発達障害に疑いをもつ目をもっています。
しかしそのことを、子どもの両親と共有することが、しばしば大変に困難なのです。幼いわが子が発達障害であるという事実を、両親は容易に受け入れることができないからです。そういう両親の感情の背景には、障害に対する世間の偏見があることは、疑いのないことです。
発達障害の子どもたちを通園施設に送迎するバスが、自宅の近くに停車することが耐えられないと訴えた両親がいました。世間の目を気にした母親は、発達障害のわが子を自家用車で送り迎えしました。
あるいは、夫の実家の人たちから、うちの家系にはこのような子どもはいないはずだと言われて、離婚にまで発展してしまった事例がありました。
このような事情から、子どもを発達障害に合わせた教育をしている施設に通わせることを避けて、無理やり保育園や幼稚園に、そして学校では通常の学級に入れてしまうことがあります。
幼稚園や通常学級が、いつの場合も不適切だというわけではありません。子どもの発達障害の内容や特性によって、それらの園や学級で適切な教育が行われる場合があることは確かです。しかしそれは、そこでの教育者が十分な教育や研修を受けて、優れた資質をもっていることが絶対の要件になります。
さらにその前提として、子どもや生徒が発達障害であることを、両親と園や学級の教師がしっかりと確認し理解し合っていなければなりません。少なくとも一方でも無理解のままであったら、子どもの生活や学習は混乱し、苦痛に満ちたものになります。
その苦痛や困難がどれほど大きなものであるのかは、近年高機能の当事者が、青年期あるいは成人に達した後に、やっと語ってくれることなのです。
本来発達障害者の子どもや人たちは、実直で裏表のない性質をもって、規則を守り、まじめに生きていこうとしているのです。うそをついたり、社会のルール違反をする人では全くないのです。それが周囲の誤解や無理解な対応によって、ひどいひきこもりの状態に追い込んだり、大変な犯罪行為に入至らせたりするのです。
世界保健機関(WHO)は世界の人々に向かって、そのことの意味を問いかけているのです。(川崎医療福祉大教授)
6月21日 山陽新聞より
佐々木先生の承諾を得て コラムを掲載させていただいていますが 今号より 中学生のサンゴちゃんが記事の入力のお仕事を引き受けてくださっています。